遺伝をめぐる8つの誤解を解く

2007/12/6, 18:40 by Gen

pistil
Ricoh GX100 / Light.

 遺伝のことを大して理解していないのに、「遺伝が心に影響を与えている」と聞くだけで口角沫を飛ばして噛みついてくる超バカな院生に腹が立ったので、こんな記事を書いていますが。これくらいは前提として共有してくれ。前回の記事では、環境や時間が遺伝子に働きかける側面を紹介し、「遺伝なんだからいくら努力しても一生変わらないねーよ」という遺伝観が必ずしも正しくないことについて書きました。もともと、安藤さんの『心はどのように遺伝するか』から3本記事を立てようと思っていたので、今日はその第2弾です。同著の「遺伝概念をめぐるさまざまな誤解を解く」という項(pp.218-240)は、きわめて有益であると感じたので、その内容を紹介します。第3弾(次回の記事)で、自分の遺伝に対する思想的立ち位置について、書いてみようと思っています。



■遺伝概念をめぐる誤解の整理

1.心は遺伝的でない

 これは取り上げる必要もないくらい、問答無用にドンデモな暴論です。心が遺伝的でないわけがない。身体的な形質(たとえば足の速さ)が遺伝の影響を受けると聞いて、これを疑う人はいないでしょう。ところが、「心理的な形質が遺伝の影響を受ける」と聞けば、とたんに発狂しだす人がいまだに存在している。ヒトという種が進化(自然淘汰・性淘汰)によって形作られてきたとすれば、なぜ心だけ遺伝の影響を免れることができると思えるのでしょう。大事なのは、以下の点を抑えることです。”心が遺伝子によって決定されているといっているのでもなければ、環境の影響を全く受け付けないといっているのでもない。遺伝子の組み合わせの異なる人々の間には、その遺伝的違いを何らかの形で反映した行動やものの考え方や環境の選択の仕方の差異が生ずるという意味で、心は遺伝的なのである”。

2.遺伝的だと親から子へと伝達する

 「遺伝」と聞けば、とかく「親が○○だから子供も○○なんだ」と思いがち。つまり、ある形質が遺伝的であるならば、その形質は親から子へ伝達されるのだ、と考えてしまいがちです。ところが、単純にそういうわけにはいかない。ポイントは、第1に、伝わるのは遺伝子であり表現型ではないということ。表現型(Phenotype)とは、ある生物のもつ遺伝子型が形質として表現されたもののこと。表現型は、遺伝子型と同時に環境の影響を受ける。つまり、たとえば「高身長を可能にする遺伝子」が親から子へと受け継がれたとしても、環境から栄養を十分に摂取できなければ、身長(表現型)は伸びていかない。遺伝子はあくまで可能性であり、環境の助けを借りながら、表現型を形質として実現させていく。<遺伝→表現型←環境>。

 ポイントは、第2に、遺伝子は減数分裂によって親の半分ずつが組み換わって伝わり、子の世代で新たな遺伝子型が構成されるということ。簡単に言えば、父親の遺伝子と母親の遺伝子が組み換わって子供に伝わる。つまり、伝達される単位は個々の遺伝子だけれども、生命の性質は、遺伝子全体から生ずるものであり、遺伝子の組み合わせがどうなっているかが重要になってくるので、単純に子は親に似るとはいえない。非相加的遺伝(足し算ではなく掛け算的な遺伝)が関わる場合には特にそう。量的(たとえば体重)ではなく質的な形質(たとえば外向性)ほど、多くの遺伝子が掛け算的に関わっているといわれているが、非相加的遺伝(掛け算的な遺伝)では、遺伝子の組み合わせがどうなっているかが重要なので、子は親と同じにはならない。あくまで似る確率がわずかに上昇するだけ。遺伝子は類似性の原因であるとともに、非類似性の原因でもある。

3.遺伝だと一生変わらない

 これについては前回の記事で説明しました。いまの遺伝的影響が死ぬまで持続するかどうかはわからない。

4.遺伝的なものは自動的に発現する

 ある遺伝子を持っていればある形質が自動的にあらわれるわけじゃないことは、散々説明してきました。遺伝子はあくまで可能性であり、環境の助けを借りながら、表現型として形質を実現させていく。学習が成立する場としての環境を与えられなければ、いつまでたっても表現型としてあらわれることはないわけです。前回の記事も参照。

5.遺伝だと教育できない

 前項の焼き直し。”遺伝的資質の優劣とは独立に、教育環境の優劣はやはり学習者の学習結果となってあらわれる。遺伝の効果に対する環境[教育]の効果は、加算的、あるいは交互作用的だと考えればよい。加算的であるとは、遺伝の資質に関係なく、与えられた教育環境の効果が加算されるということである。遺伝的に劣った人でも、教育環境が十分に良く与えられれば、学習成果を上げる可能性もあるということである。遺伝的資質が、獲得される能力の知識の上限を限ってしまうかどうかについては、少なくとも現時点では、何の科学的根拠もない。”

6.環境は遺伝でない

 これは遺伝と環境を二分法的に考えることから来る誤解。一人一人が作る環境は、その人の遺伝子型のいわば「延長された表現型」であるといえる。自分からどんな環境を選択するか、あるいは人からどんな働きかけを受けやすいかも、遺伝的影響を受ける。その意味で、環境は遺伝の一部だといえる。たとえば、足は遅いのに頭の回転は速い人(遺伝)が、野球の強い高校へ進学せず受験に強い進学校に行って(環境の選択)、東大に合格し、読書好きな友達の影響を受け、研究者になるかもしれない。

7.遺伝は環境でない

 これはさきほどの裏返しで、同じく遺伝と環境を二分法的に考えることから来る誤解。”行動や学習への遺伝的な影響は、その行動や学習が成立する場としての文化的環境が与えられて初めて発現するという意味で、遺伝は環境に依存する。また、遺伝と環境の交互作用効果(前回の記事)があるときには、遺伝の発現の仕方が環境条件によって左右されるので、これも遺伝の影響が環境と密接にかかわってくる。そもそも遺伝情報とは、長い進化のプロセスを経て、地球上の何らかの環境に適応したものの遺産であるから、その意味でも遺伝には環境が反映されている”。

8.遺伝だと原因遺伝子が存在する

 これもありがちな誤解。ある遺伝子があった「から」こういう行動が発生した、と単純に考えてしまうのはNG。単一の原因遺伝子など存在しないし、そのような「○○な遺伝子を発見した!」というニュースは嘘八百。”遺伝子がかかわるのはアミノ酸を特定する配列の仕方であり、心理現象そのものではない。ひとつの心理現象にかかわる遺伝子は非常にたくさん存在し、その組み合わせの全体の効果として遺伝的効果があらわれる。このときどれか一つの遺伝子を、その形質の原因遺伝子と考え、「○○遺伝子」と呼ぶことは避けるべきである。

■遺伝観をつくる

 以上の誤解を解いた上で、最後に安藤さんの「遺伝観」を紹介しておきましょう。彼はこう言います。”もし「心理的形質に遺伝的影響がある」と聞いたときになにか心穏やかでないものを感じるとしたら、それはわれわれの持っている「遺伝観」のほうに何らかのゆがみがあるからである”、と。激しく同意。

 遺伝と環境が交わってあらわれてくる表現型(形質)は、柔軟な可変範囲をもっています。たくさんの構成要素が全体として、あるいは組み合わせとして働いている。多要因の組み合わせが生きて働くなかに、ダイナミックな力動が生じてくる。時間の経過と共に、きわめてさまざまな要因がダイナミックに絡み合って変化していくのが遺伝です。これはもちろん、もし心理的形質が100%遺伝によって固定されてしまっているとすると、予期できない環境の変化に対して適応できないことになるので、どの形質も遺伝率(遺伝の影響)が中程度になるように安定した(p.228)のでしょう。ちょうど、「感情」という憲法をもとに、「学習」が個々の法律や判例を生み出し、「推論」によって判決が下されるように(参照)。

 安藤さんは音楽のアナロジーで同書を締めくくります。楽譜が遺伝子型、演奏家が環境、演奏(音楽)が表現型(心理的形質の実体)であると。遺伝子としての楽譜が、環境という演奏家に奏でられ、その結果、創発的に「心」が立ち上がるのだと。奏でられる音楽は、時とともに、ダイナミックに揺らいだり変化したりする。彼は琉球音階の例を出します。ご存じのように、西洋の音階はド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シの7音階ですが、琉球音階はド・ミ・ファ・ソ・シの5音階から成り立っている。けれども、琉球音楽は、西洋音楽よりも劣っているわけじゃないし、西洋音楽に従属するわけでもない。つまり、量的な少なさが、質的な貧困に結びつかないどころか、むしろ音楽の豊かさを生んでいる。遺伝と環境が奏でるメロディーにも、きっと同じことがいえるのでしょう。次回は、遺伝に対する自分の思想的立ち位置を書きます。

Tags 科学/認知/進化/環境/身体 | | 11,084 Views | add to hatena hatena.comment 4 users add to del.icio.us 0 user add to livedoor.clip 0 user |  http://blog.genxx.com/wp-trackback.php?p=232
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