都市化する世界part.3

2007/7/9, 23:42 by Gen

 都市化する世界part.1part.2の続き(これが最後)。経済、政治、文化の側面、そして変動のダイナミズム。抄訳・意訳満載のため、正確性を求める場合はEconomistの原文を。下線部は訳者がintriguingだと感じたところ。

amorous escalator

A cul-de-sac of poverty(貧困の袋小路)

 18世紀後半に、イギリスの男女は、農場や村から逃げ出し、より良い生活を求めてマンチェスターやリードなどの工場地帯へとなだれ込んだ。そこで彼らが出会ったのは、街の通りが黄金色に輝く姿ではなくて、病気、栄養失調、野蛮さだった。しかし、1850年までにイギリスは変わった。社会活動家たちや啓蒙主義者たちが法律を改革した;機械化のベネフィットと、労働組合によってもたらされた賃金の上昇によって、貧しい人々がモノを買うことが可能になった。今日の都市に住む貧しい人々は同様の変容を期待することができるだろうか。

 国連によれば、多くの場所で、新たに都市へ移住してきた人々は、彼らが地方で経験していた暮らし向きよりも悪い生活を送っているという。そして貧しい国々では、概して、都市における貧困者の割合の増加速度は、都市化の人口の増加速度よりも早いという。

 アジアは希望を示すひとつの例となっている。1970年代初頭、アジアの半分の人々は貧しかった;生涯年齢の期待値は平均すると48歳だった;成人の2/5は読み書きができなかった。今日では、貧困層の割合は1/4であり、平均寿命は69歳まで伸び、7割の成人が読み書きできる。もちろん、だからといって皆が恩恵を受けたわけではない。いまだに世界の貧困層の2/3がアジアに住んでいて、そのうち2億5000万人が都市に住んでいる。とはいえ、将来に対して希望を持つ合理的な理由は存在しそうである。

 もちろん、19世紀のような形を通じてではない。地域のエコノミーが成長しなければ、都市に住む人々が豊かになる可能性はほとんどない。そして、ナショナル・エコノミーが成長しなければ、地域のエコノミーが繁栄する見込みはほとんどない1 。都市はしばしばナショナル・エコノミーにおいて巨大な役割を果たす。たとえば、ムンバイはインドの税収の40%を説明する。東京は日本のGDPの1/3を説明する。抽象的に言えば、都市は巨大な富の創造者となりうる。もちろん、拡大する経済が、必ずしもスラム街の姿をすばやく変えるというわけではない。だから、別の政策的対応はもちろん必要だ。だが、経済成長がネガティブな場所、特にアフリカでは、スラム街をなくすことは不可能だ[だからこそ、持続的な経済成長を実現することが、都市の貧困層を減らす最大の条件となるのだ]。

■ Failures at the top

 Misgovernment(失政)も大きな問題だ。経済的要因以外では、国や地域の政府のqualityが、都市の成功にとって最大の影響要因となる。発展途上国の都市の大きな特徴は、富裕層とスラム街に住む貧困層との差が非常に大きいことだ。多くの都市で、政治家は富裕層の側に属している。

 市政(都市の運営)は重要だ。であるからこそ、多くの発展途上国で、住民と市政が切り離されてしまっていることはパラドックスだ。都市の住民の多くは貧しい。スラム街の住人はおよそ10億人ほど存在するが、それは世界の都市人口の約1/3を説明する。だが、彼らは組織化されておらず、お金も持っておらず、政治的な力も欠いている。この事態が変化するまで、多くの都市で、腐敗とmisgovernmentが無くなることはないだろう。

■ In place of God(文化が宗教に取って代わった)

 大昔から、都市の中心的な役割は宗教的なものであった。16世紀まで、イギリスで都市と認められていたのは大聖堂を持っていた町だけであったし、”metropolitan”という単語は首都大司教を意味していた。しかし先進国では、メトロポリスの宗教的意味合いは消滅した。

 消費主義がある種の宗教というならば、そして寺院や教会は歴史的に市場を近くに備えていたことを思い出すならば、ショッピングが宗教に取って代わったといえるだろう。もうひとつの代替物を考えるならば、それは文化やスポーツだ。

 ローマはコロッセウムを建設した。バビロンはガーデンを造った。アレキサンドリアは灯台を建てた。今日では、人々はロンドンやパリやベルリンにエキシビジョンやコレクションを観に行き、オペラを観たり、コンサートに行ったりする。観光客だけではなく、投資家や会社を都市に呼び込む際にも、文化資本は大きな資源となる。他方でスポーツも都市の資源として利用される。最も成功したのが1992年のバルセロナオリンピックで、それを利用して、バルセロナは交通機関を一新し、新しい建物をたて、インフラを一新した。他には、年1回開くイベントも大きな資源となる。たとえば、エジンバラのフェスティバルだ。

 人々はあらゆるものを近隣に置きたがる。職場の近くに家を。家の近くにショップを。同時に彼らは、プライバシーと出会いの機会(opportunity)のバランスを取りたがっている。ぐちゃぐちゃに詰め込めばいいというわけではない。都市はいまだに、満たされるべき精神性を持っているのだ。

■ The reinvention test(改革の試練;成功する都市は幾度も生まれ変わる)

 都市は長持ちする。多くの都市は、国という制度や、人間が造った他の制度よりも長く生き延びてきた。もちろん、衰退する都市もある。都市が成功する条件は何だろう。

 簡単に言えば、良い政治と繁栄する経済だ。とはいえ、政治や経済は良くなったり悪くなったりするものだ。都市が生き延びるには、何度も自らの姿を変えなければならない。たとえばボストンは3回生まれ変わった。19世紀初期に海上貿易の拠点として。19世紀末には工場の街として。そして20世紀には情報経済の中心地として。どの場合でも、人的資本が成功の鍵を握っていた。能力のある労働者の存在が重要だった。教育も重要だった。そして法による統治の徹底も重要だった。

 バビロンの古代から、法は、都市生活にとって必要不可欠な存在だった。都市は商業の中心であることが常であり、取引は規制を必要とするからだ。また、都市はさまざまな異なった種類の人間を惹きつける傾向があり、共に暮らすためには、行動に関する共通のルールをつくる必要があるからだ。民主主義も同様に都市に貢献してきた。経済が変動する際にショックアブゾーバーの役割をはたし、また移民がメインストリームに参加する際のメカニズムを提供してきたからだ。

 移民、そして民族的・宗教的な混合も、都市の成功と密接に関連してきた。歴史を通じて、世界に開かれた都市は、モノとアイデアの交換からつねに利益を得てきた2 。今日では、アジアやラテンアメリカの諸国がグローバリゼーションの助けによって自らの困難に打ち勝とうとしている。もちろん先進国でも、グローバリゼーションを巧みに利用してきた都市は成功を収めた。サスキア・サッセンは、グローバル企業、とくに金融業の本社を呼び入れた都市がもっとも成功してきたという。

 もちろん、すべての都市がグローバルになれるわけではないし、またそうしたいとも願わないだろう。色々な理由がある。ひとつは、単純に、生活し働くために快適な場所であることだ。発展途上国では、多くの人々は、仕事が豊富で、統治機構が正直で、通りが安全で、住宅がたくさんあって、交通機関や衛生状態がミニマム・スタンダードを満たしている場所に住みたいと願うだろう。Economist Intelligence Unitがはじき出した、暮らしやすい都市のランキングは以下の表の通りだ。リストには「都市の自己改革能力」は含まれていないが、多くの都市は、いずれ試練に直面するだろう。

■ Et in suburbia ego?(都市は外側[郊外]へと向かってきた。だが、その流れはおそらく永遠に続くわけではない)

 都市の中心部は「荒廃」し、裕福な層が郊外に住むというトレンドは、世界各国の都市で確認されてきた。貧困層が都市の中心部に住むのは、公共交通機関や政府によって提供されるサービスへのアクセスが容易だからだ、とハーバード大のGlaeser教授はいう。また、ITが発展すれば、人々はもはや都心へと集まる必要はなくなるだろう。仕事もショッピングもネットを通じて行うことができる。ジェファーソンが述べたように、「都市は人間の道徳や健康や自由にとって有害である」ならば、誰が都心部に住もうと考えるだろうか。

 しかし、スプロール現象[郊外に住宅が増える現象]が勢いを失う傾向にあることも示唆されている。多くの人はアーバンライフを好み、とりわけ都心部に住みたがる。人口が増えつつある高齢者はその筆頭候補だ。彼らは公共交通機関や医者や病院、そしてとりわけ家族や友人へのアクセスが容易であることを重視する。他方、若者たちもまた都市を好む生き物だ。彼らは都市の喧噪が好きで、レストラン、クラブ、そして他の種類のエンターテイメントが充実していることを重視する。また、より高等な教育を受けてきた人たち(したがって裕福な人たち)は、大学や病院や研究所といった都市の中心部に位置する職場で働く傾向が高い。子供がいない独身者にとっては、都心部に住むことは大きなメリットを持っている。

 MITのWilliam Mitchellはこう述べる。21世紀の都市は”e-topia”になるだろう。そこでは人々は同じ建物の中で暮らし、歩いていける範囲のご近所さんと、強力なコミュニティーの中で、普段の生活を送る。しかし同時に、バーチャルな電子会議を行い、脱中心化された生産活動を行うことができる、と。

 キベラの人間にとっては遠い話だ――彼らはまず何よりも貧困とスラム街から抜け出さなければならないのだから。でも、テクノロジーの発展は彼らをも助けるかもしれない。安価で信頼性の高い通勤手段が実現されれば、土地の安い郊外に住むことが可能になるかもしれない。

 都市への人々の流入という歴史的な現象が一段落つけば――おそらくそのときには世界人口の80%が都市に暮らしているだろうが――都市生活の真の効果がはっきりとわかるかもしれない。人間の歴史上の大きな変化は、進化論的に言えば、最近になって生じたものだ。だから、人間の生物学と環境との齟齬が目立ってくるかもしれない。都市は近代の縮図なのだろうが、そこに住んでいるのは、サバンナ環境に適応するようデザインされた生き物なのだ。都市環境とそこに住む人間との緊張関係が存在しても驚きではない。

 その緊張関係から、さまざまな不和が生じてくるだろう。でも逆に言えば、その緊張関係は生産的に、より良い都市を創造する原動力となることができる。しかしいまさら、地方へ戻るという選択肢は存在しないのだ。


  1. さらにいえば、グローバル・エコノミーが成長していなければ、ナショナル・エコノミーは成長しないといえるだろう。だが、歴史は、世界的に経済が成長していることを証明してきた。 [back]
  2. 日本も徹底的に外国資本と移民を受け入れていくほかないのだと思う。 [back]
Tags 国際関係, 社会(学) | | 6,259 Views | add to hatena hatena.comment 0 user add to del.icio.us 0 user add to livedoor.clip 0 user |  http://blog.genxx.com/wp-trackback.php?p=215
1 Star2 Stars3 Stars4 Stars5 Stars (2 votes, average: 3 out of 5)
Loading ... Loading ...


 Amazon Related Book Search

Leave a Comment

Please note: コメント欄で引用をおこなう場合に、blockquoteボタンを利用されると便利です。スパムフィルターが設定されているため、管理者の承認があるまで投稿が反映されない場合があります。気になる場合はamourix@gmail.comまでメールでお知らせください。