心とは

2007/7/4, 1:12 by Gen

 『心と認知の情報学』(石川幹人)を読んで、スッキリしたあるいは要検討な部分をメモ。心と意識の役割について。今回は心について。若干冗長的に背景知識を挿入。次回は意識について。心と意識について興味ある方はどうぞ。

■デネットの導入

*認知哲学者ダニエル・デネットは、心的機能の複雑さに応じて、4つの進化的な生物階層を定義した。上位の階層は、下位のすべての階層の特徴をひきつぐ。(『ダーウィンの危険な思想』、2000)

*「ダーウィン型生物」→進化の原理に従って環境に適応した個体に変化する生物。多様な生得的表現型(身体形状や機能)を持つ個体を多数生成し、そのうちから環境に適応した個体が生存競争をくぐり抜けて生き残り、同種の表現型を持つ多くの子孫を残す。たくさんの子供を生む戦略をとる生物。バクテリアや多くの植物が相当。

*「スキナー型生物」→ダーウィン型生物の特徴を持った上でさらに、生まれた後にその環境に適応学習する生物。多様な潜在的に可能な表現型(行動)を備えており、それらを盲目的に試す過程で、スキナーが示したような強化による学習が行われ、環境に適した表現型が固定される。つまり、刺激と反応の可能な組み合わせパターンを多数用意しておき、前の状況でうまくいったパターンを次の類似の状況で使用する。後天的な柔軟性に依存した戦略をとる、寿命も比較的長い生物で、下等動物や高等植物が該当。

*「ポパー型生物」→スキナー型生物の特徴をひきつぐ。さらに、内的世界で適当な行動を事前に選択できる生物。個体内部に環境のモデルを持っており、どんな行動が環境に適応的かを評価して、最初から偶然以上に見込みのある行動を取る。計画や推測を基に環境の変化に対応する戦略をとり、ほ乳類や鳥類が該当。

*「グレゴリー型生物」→ポパー型生物の特徴をひきつぐ。さらに、社会文化的環境から「心の道具」を取り入れて能力を上げる生物。社会的集団で生活する個体が、他の集団・個体が持つ概念を、人工物や言葉を通して知り、内的な環境モデルと行動の生成・評価をともに精緻化する。集団を形成してコミュニケーションをとる生物で、霊長類に限られる。

■心という語の多義性(上位はすべての下位の特徴を含む)

*ダーウィン型生物の段階→「心=生命」   
*スキナー型生物の段階→「心=(生命の)行動」   環境に適応する学習機構
*ポパー型生物の段階→「心=(行動を制御する)脳」  脳における内的な想像力
*グレゴリー型生物の段階→「心=(脳による)コミュニケーション」    社会的な集団関係を築く力

■意識の成立

*グレゴリー型生物のコミュニケーションの特徴は、異質(ヘテロ)な個体が集団を形成し、コミュニケーションを介した相互理解を行うこと。

*もちろんスキナー型生物であるミツバチも集団によるダンスを介した情報伝達を行っている。が、彼らの情報伝達は、女王蜂の保存のために、遺伝的にも利益目標の上でも同質(ホモ)な個体間でなされている。こうした情報伝達は、相手の確認作業がそれほど必要でなく、一方的な単純な情報伝達になる。

*グレゴリー型生物のコミュニケーションは複雑。かなり異なる遺伝子の指令に基づいて行動する個体間で、相互確認をした上で情報伝達する必要がある。最初はミツバチのように血縁関係間で行われた情報交換が、集団での協力活動から得られる資源が遺伝子の保存に多大な貢献をするにしたがって、コミュニケーションへの遺伝的動機が高まっていった。

*コミュニケーションの手段も進化してきた。まなざしや指さし、叫び声からジェスチャー、言葉へと。また人工物もコミュニケーションを媒介するようになった。さらに、言語などの抽象的概念の伝達法が出現することによって、コミュニケーションの複雑度が増し、意識が成立してきた。

*意識はポパー型生物の段階である程度は成立していた。ポパー型生物は、内的な想像力を持つため、それによって生成される精緻な環境モデルには、必然的に自己のモデルが伴うはずだから。けれども、そのような自己のモデル化はポパー型生物のうちは自己反省の度合いが低いものであり、意識の前段階といえる。意識は、グレゴリー型生物の集団環境に置かれ、個体が社会的行動を身につける段階ではじめて成熟する。

*進化が環境適応の過程であれば、意識の誕生にも環境への適応的な意義がある。

■生存競争における戦略

*集団に協力して共有資源の増加に貢献すべきか、それとも競争して自分の確保する資源を増やすことに努力すべきか、遺伝子を存続させるに当たってジレンマが存在する。

*進化的に安定な戦略(ex.しっぺ返し戦略)を実行するには、相手が協力者か裏切り者かを見分ける必要がある。裏切り者検知モジュール(Cosmides)、顔の識別能力は、この要請のもとに進化した。裏切り者を認知する機能は、異質な個体同士の協力集団という環境においてとくに重要。

■心はアーミーナイフ

*「モジュール」とは、ある程度独立性のある機能単位を指し示す用語。サブルーチンに相当。心はさまざまなモジュール(認知的機能)の寄せ集め。自動的で介入できない周辺系モジュール群と、全体的性格を持つ中央系のモジュール群におおまかに分けることができる(by.ジェリー・フォーダー)。個々のモジュールはそれぞれ適応的な意味を持って進化上獲得された。われわれが知能と呼ぶものにもモジュール性があるかもしれない。

*ミンスキーの「心の社会」論。心の中ではばらばらのモジュール同士が戦っている。眠いけど、勉強しなきゃ、といった具合に。つまり心の中には社会がある。

*心の中に社会があるとすると、そのうち私たちの意識している部分は、あたかも政治家の役割を果たしているかのよう。数々の機能モジュール(の能力を最大限に発揮させるための)調整役。意識の役割は「心の社会」における政治家。

*意識は、心の社会における多くのモジュールを調整しながら、内的世界の安定性を維持している。物語によって。

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One Response

  1. 植野 満 Says:

    始めてお便りを差し上げます。

    不躾かと思ったのですが、私も長年心及び意識について関心があり、頭をなやませてきました。ただ、意識については、われわれの「覚醒」と「睡眠」から以下のような結論が得られました。

    ただ、「心」については良く分かりません。本文のなかにあるように「心の中に社会がある」ということは良く理解できませんでした。私の心の中を振り返っても、社会などないようなきがするのですが。

    心と意識の関係をもっと解りやすく教えて頂ければ幸いです。

    2008.10.22 植野 満

      『生物生存戦略おける「覚醒」と「睡眠」の役割についての考察』
                                  植野 満

    はじめに

    われわれは一日24時間のうち覚醒と睡眠を規則正しく繰り返している。個人差はあるにしろ覚醒が一日に占める時間は16~17時間であり,睡眠が占める時間は7~8時間である。このように規則正しく繰り返される覚醒と睡眠であるがその役割については,ほとんど解明されていないというのが実情である。
    睡眠の一般的な解釈としては,脳細胞を休ませるためである、と言われることが多いようである。ただ,この説も睡眠時と覚醒時の酸素消費量がほぼ同じで,ときにはレミ睡眠時には覚醒時より酸素諸費量が多いという事実から,疑問となってくる。睡眠が脳細胞を休ませることであれば,酸素消費量は覚醒時より低くなってしかるべきではないだろうか。また,眠れない日々が何日も続いた場合,幻覚,妄想が出てきて,命も危うくなることから,睡眠がわれわれの生活において,ただ単に脳細胞を休ませること以上の重要な活動であることを示唆している。
    このようにわれわれの生活にとって重要な覚醒と睡眠であるが,生物界を見渡してみると,哺乳類と鳥類以外の動物は厳密には,眠らないことになるそうなのである。哺乳類と鳥類といえば,ともに生物進化の最後に登場した生物であり,現在もっとも繁栄している生物といえよう。ここから,生物は進化とともに,睡眠と覚醒を明確化させてきた,ということが言えないであろうか。なぜ生物は進化とともに睡眠と覚醒を明確化する必要があったのであろうか。それは生物生存にとって重要な生存戦略であったのではないだろうか。生物は覚醒と睡眠を明確化することによって,厳しい生存闘争を勝ち抜いてきたのではないだろうか。ここでは、生物進化の歴史のなかから,睡眠と覚醒の役割について考察を加えることにする。

    1.睡眠と覚醒の役割についての一般的解釈

    睡眠と覚醒の役割について,一般的にどのような解釈がなされているのであろうか。以前は睡眠の役割については脳細胞を休ませることが,睡眠の役割と考えられていたようである。しかし,前述したように,睡眠時と覚醒時の脳細胞の酸素消費量が変わらないことから,睡眠の役割が脳細胞を休ませるという解釈にも疑問がもたれている。
    睡眠の役割について東京大学名誉教授で解剖学者の養老孟司氏は「唯脳論」(青土社)のなかで次のように述べている。

    『睡眠一般が何であるかは,やはり,議論の種である。すでに述べたエネルギー消費の観点からすれば睡眠は「休み」ではない。さらに神経生理学的には,睡眠がいくつかの神経回路の活動を必要とする「積極的」な過程であることが知られている。しかも,睡眠はどうしても必要な行動であるから,その間になにか重要なことが行われていることは間違いない。クリックはそれを,覚醒時に取り込まれた余分かつ偶然の情報を,訂正排除する時期だと言う。そうした活動が夢に反映される。「われわれは忘れるために夢を見る」。そうかれは言うのである。』

    養老氏の述べるように,睡眠中には重要なことが行われているに違いないのである。それは,断眠実験でもその重要性がわかる。東京都精神医学総合研究所の名誉研究員であった,精神科医の山本健一氏の「意識と脳」(サイエンス社)を参考にすれば第2次大戦中、アメリカで1万人以上の兵士を使って大がかりな断眠実験を始めたが,3,4日もすると幻覚・妄想が出て中止せざるをえなかったそうである。また,ラットでの断眠実験では次のような興味深い結果が得られたというのである。その結果とは断眠により食物摂取量はどんどん上昇するにもかかわらず,体重はどんどん減少し,ついには死に至るという結果だったそうである。そし,その結果の解釈について山本氏は次のように述べている。

    「断眠とはバッテリーにたとえれば充電器が壊れた状態だと言えよう。充電ができなければバッテリーはやがてエネルギーを使いはたしてしまう。」

    ラットが断眠によって死に至るということは,ラットは睡眠中に死を免れるような,重要な仕事を行っていることにならないだろうか。すなわち,睡眠中に行われる仕事とは,むしろ覚醒中に行う仕事よりもはるかに重要な仕事といえるのではないだろうか。それでは覚醒中よりも重要な睡眠中の仕事とはどのような仕事なのであろうか。
    その仕事を示唆する事例として山本氏は同じ「意識と脳」のなかで次のような事例を挙げている。

    『「寝る子は育つ」という諺が昔からあるが,高橋清久らは深いレム睡眠中に成長ホルモンが分泌されることを発見した。成長ホルモンは子供では文字通り成長を促進するホルモンであるが,成人ではエネルギーを取り込んでアミノ酸などの低分子からタンパク質などの高分子を合成するホルモンである。こうした事実は,睡眠の機能が単に無駄なエネルギー消費を止めるばかりではなく,さらに積極的にエネルギーを蓄積する,バッテリーのたとえでいえば充電の機能ももっていることを示唆している。』

    山本氏が述べているように,睡眠中に成長ホルモンが分泌され,エネルギーを取り込んでアミノ酸などの低分子からタンパク質などの高分子を合成しているとすると,このような高分子の合成は睡眠中だけに行われているのかという疑問がわいてくる。高分子のタンパク質の合成は生体にとって極めて重要な作業である。このような重要な作業が睡眠中のみに行われているとすると,逆に覚醒中はどのような作業が行われているのであろうか。そして,仮に睡眠中にのみタンパク質の合成が行われ,覚醒中は別の作業を行っているとすれば,このような作業区分がなぜ別に行われるようになってきたかが疑問として残される。
    仮に覚醒中と睡眠中で別の作業が行われているとして,それは,ただ単に偶然に行われるようになったのであろうか。そうではなく,何らかの生物の生存にかかわる重大な理由があったに違いないのである。

    2.粘菌の生活にみる睡眠と覚醒の役割についての示唆

    睡眠と覚醒を判断するためには,脳波,筋電図,眼電図等を同時に記録するポリグラフで判断するそうである。これも山本氏の「意識と脳」からの参照であるが,脳波の高振幅徐波と急速眼球運動だけで睡眠を定義すれば,生物のなかで哺乳類と鳥類以外は眠らないそうである。しかし,他の動物,例えば,カエルもいかにも眠ったかのような無反応,無動状態に入り,このときは脳波の徐波化も急速眼球運動も見られないそうである。また、サカナでは夜になると砂の中にもぐって不活動となり,軽く触られても動かず,このときも脳波の変化はないそうである。
    このように動物が睡眠に似た行動を示すことは多くの昆虫,軟体動物,魚類,両生類,爬虫類で知られているそうである。ただ,進化の進んだ鳥類と哺乳類で睡眠と覚醒が明確化してくるということは,生物は進化とともに睡眠と覚醒の役割分担を明確化してきたとも言えないだろうか。そして,多くの動物が睡眠に似た行動を示すということは,それらの睡眠に似た行動は,やはり睡眠の先駆けの行動であり,一種の睡眠行動ではないだろうか。それでは動物全般に共通する,このような睡眠に似た行動のルーツはどこに求められるのであろうか。
    動物界の睡眠と覚醒のルーツを探求する際に,これは動物とは言い難いが,それを示唆する興味深い事例が,粘菌の生活から伺われる。だいぶ以前になるが,テレビで粘菌の生活をみて,不思議な思いに捕らわれたことをいまでも鮮明に思い出す。そして,その粘菌の不思議な生活について考えを巡らすうちに,粘菌生活のなかに睡眠と覚醒の不思議さを解く手がかりが隠されていることに気づくのである。
    それでは粘菌生活の中のどこに,睡眠と覚醒の解明の手がかりが潜んでいるのであろうか。その解明の前に粘菌の不思議な生活について簡単に述べてみる。ただ,粘菌の生活といっても粘菌にも様々な種類が存在し,その生活様式もさまざまであることが,その後粘菌について調べてみた結果明らかになってきた。ただ,私が睡眠と覚醒の解明にヒントを与えてくれた,テレビ番組での粘菌の生活は次のようなものであった。
    テレビの中の粘菌は,食物が豊富に含まれている水中(たぶん水中だったと思うが?)では,個々バラバラのアメーバー状で食物摂取の行動を行い,なんら系統だった動きは見られない。しかし,環境が悪化し水中の食物が欠乏してくると,個々バラバラだったアメーバー状の粘菌に系統だった動きがみられ,一箇所に集合するという行動が見られる。そして,一箇所に集合した粘菌はあたかも一個の生物のような子実体(キノコのような)を形成し,子孫を残すための胞子をつくり,その胞子を空中に放出して,子孫を残そうとするのである。そして,空中に放出された胞子は,空中を漂いながら次第に地面に落下するが,その中でたまたま栄養豊富な水中に落下すると,胞子は発芽しアメーバ状となり,再び個々バラバラに豊富な食糧を摂取するという活動を再開する。
    粘菌はこのような生活サイクルを繰り返すのであるが,このような生活サイクルとわれわれの覚醒,睡眠のサイクルとどのような関係があるのであろうか。そもそも生物は単独生活を行う単細胞生物から,単細胞生物が寄り集まった多細胞生物へと進化してきたのであるが,粘菌の生活サイクルは単細胞生物から多細胞生物への進化の過程を如実に示している。粘菌は単独の生活が脅かされた場合,集合して多細胞生物様の子実体となり,胞子を散布して生き残ろうとする。そして,粘菌が単細胞のアメーバー状で生活している場合,食糧摂取に夢中で,隣の細胞とは特に情報は交換していないものと考えられる。しかし,食糧が乏しくなれば粘菌が生き残るため,粘菌同士情報を交換しあって,ある一点に集合して子実体を形成するのである。
    ここで,私が考えたのはこの粘菌の生活サイクルのうち,われわれの睡眠に相当するのは,粘菌の生活で単独に食糧を摂取している状態に相当するのではないかということである。そして,われわれの覚醒に相当するのは,食糧が欠乏して生き残るために粘菌同士が情報を交換し,多細胞様の子実体を形成した状態ではないかというのである。すなわち,鳥類,哺乳類は睡眠中に粘菌が個々バラバラに栄養摂取しているように,個体を形成する各細胞は個々バラバラに,各細胞自身の栄養摂取のような行動をしているのではないかと考えるのである。このように,鳥類,哺乳類は主として睡眠中に各細胞自身の活動に必要なエネルギーを生産しているのではないだろうか。そして,覚醒時には必要とされる栄養分のもととなる補食生物,すなわち獲物を各細胞の情報交換による連携した行動により,捕獲するという行動を行っているのではないだろうか。
    粘菌の生活サイクルから類推される覚醒と睡眠の役割は,鳥類,哺乳類は覚醒中は各細胞が情報を交換しあって,細胞の集合体である個体が生存するための行動を行っているのではないかということである。そして,睡眠中は個体を構成する細胞が生存するためのエネルギーを生み出す行動を行っているのではないかということである。このように考えれば、先に山本氏が指摘したように睡眠中に成長ホルモンが分泌され,タンパク質を合成している可能性も頷かれるのである。
    このような,単細胞生物でもあり,多細胞生物でもある粘菌のような生物から,多細胞生物へと進化し,鳥類,哺乳類において睡眠と覚醒が明確化されるのである。それでは,生物はなぜ進化とともに睡眠と覚醒を明確に区分する必要があったのであろうか。次にその理由について考察を加えたい。

    3.鳥類,哺乳類での睡眠と覚醒の役割分担の意味

    生物進化のなかで,鳥類,哺乳類において覚醒と睡眠がなぜ明確化されてきたのであろうか。鳥類,哺乳類は現在の生物界のなかで最も繁栄している生物であり,鳥類は空を支配し,哺乳類は人類を筆頭として,この地上を支配しているといっても過言ではない。なぜ鳥類と哺乳類は他の生物と比較してこのような繁栄を謳歌することができたのであろうか。
    それは,鳥類と哺乳類が他の生物に比べて,高い運動能力を獲得することが出来たからではないだろうか。運動能力ということであれば,爬虫類のワニのように獲物を瞬間的に捕らえる動作や,カメレオンの餌であるハエなどを捉える動作は瞬間的で,目にも止まらない動作である。しかし,それらの動作は反射的なものであり,鳥類や哺乳類が獲物を追いかける,また獲物から逃げようとする連続的で複雑な行動と比べて,単純な運動としか言えない。そして,このような連続的で複雑な運動能力を,鳥類と哺乳類は覚醒と睡眠を明確にすることによって獲得したのではないだろうか。
    多細胞生物の体を構成する各細胞の働きを簡単に述べてみると,各細胞は次のような働きを行っていると考えられる。まず,各細胞は細胞活動をATP(アデノシン三リン酸)というエネルギー源にたよっているが,そのATPを血液で運ばれてきた栄養分(糖質、脂質等)から作り出す仕事をしている。この作業はミトコンドリアで行われているが,この作業は細胞が活動するためには最も重要な作業ではないだろうか。ついで各細胞は作り出されたエネルギー源であるATPを消費して,各種の活動を行うわけであるが,それは次のような流れが考えられる。
    まず,脳の神経細胞であれば,運動を司る末梢の細胞から送られてきた信号を判断し,どのような運動を行うかの指令の信号を送る。また,運動を司る末梢の細胞であれば,脳からの指令の信号に従って,すみやかに行動を行うというようなことである。たとえば,指が熱い鍋に触ったとすると、指の細胞は熱いという信号を脳に送るわけである。脳はその熱いという信号を受け取り,どのような行動を起こしたらその熱さを回避できるかを判断して,指を縮めるという信号を発する。そして,指の細胞はその信号を受け取って,直ちに指を縮めるという行動を起こす。なお,この例はあくまでも比喩であり,実際には鍋などに指が触れた場合,その信号は脳まで届かず,反射行動で処理してしまうであろうが,解りやすい例として挙げた。また,その他の重要な活動として,細胞分裂という活動がある。なお,以上に分類した活動は,あくまでも覚醒と睡眠の役割を理解するために分類した活動であり,学問的なものでないことをお断りしておく。
    そして,鳥類,哺乳類以前の覚醒と睡眠が明確に区分されていない生物は,これらの活動に明確な区分がなされていなかったことが考えられる。すなわち,血液から運ばれてきた糖質,脂質からATPを作り出す作業を行っている最中でも,脳からの指令が来た場合,その作業を一時中断して,脳からの指令を行うということが考えられる。ただ,このような場合,その動作は中途半端となり,どうしてもその行動は制限され,複雑な行動は行えなかったことが考えられる。複雑な行動を行うため,鳥類,哺乳類は覚醒と睡眠を明確に区分し,それぞれで別の活動を行うようになったことが考えられる。
    それでは,鳥類,哺乳類は覚醒時と睡眠時で各細胞は,どのような活動を行うようになったのであろうか。まづ覚醒時の活動であるが,複雑な行動を行うために,各細胞は信号が来てから速やかに活動することはもちろんであるが,信号が来ない時でも,いつ信号が来ても活動出来るように,他の活動を中止して,指令信号が来るのを待機するようになったことが考えられる。そして,待機中は細胞分裂やエネルギー源であるATPを,糖質や脂質から作る活動等を中止して,その活動を睡眠時に行うようになったことが考えられる。このように,覚醒時には胞分裂やATPを作り出す活動を中止して,細胞間の信号の伝達と指令の遂行に専念することによって,鳥類と哺乳類はそれ以前の生物に比べて,はるかに複雑な行動を行うことが可能になったのではないだろうか。そして,このような複雑な行動を取ることが可能になったが故に,鳥類と哺乳類は現在のような繁栄を謳歌しているのではないだろうか。そして,睡眠時は覚醒時に中止した,細胞分裂や糖質や脂質からエネルギー源であるATPを作り出すという活動を行うようになったのではないだろうか。そして,主として睡眠時に成長ホルモンが分泌されるということから,睡眠時の活動として鳥類,哺乳類は睡眠時に成長ホルモンを分泌し,細胞分裂を行っているのではないだろうか。
    このように,睡眠時に糖質や脂質からエネルギー源であるATPを作り出しているということであれば,ラットでの断眠実験も次のように理解出来るのである。先に述べたように,ラットでの断眠実験では,断眠により食物摂取量は増加するにもかかわらず,体重はどんどん減少するという結果であった。この解釈は,断眠によりラットの各細胞はエネルギー源である糖質や脂質からATPを作ることが出来なくなってATP不足になり,脳にATPの原料である糖質と脂質を送るように信号を送る。このため,脳は糖質と脂質を各細胞に送るために食物の摂取量を増やし,より多くの糖質と脂質を各細胞に送り届けようとする。しかし,各細胞は断眠のため睡眠を取ることができず,糖質と脂質からATPを作ることが出来なくなって,ますますATP不足が進行し,それとともに細胞分裂も停止するため,逆に体重が減少するということになるというストーリーである。このストーリーはラットの断眠実験を説明してはいないだろうか。
    以上の説明はあくまでも仮説であるが,この仮説からは覚醒時と睡眠時の酸素消費量がほぼ同じであるということにも説明を与えてくれる。この覚醒時と睡眠時の酸素消費量については,覚醒時に運動を行った場合では,当然睡眠時より覚醒時の酸素消費量が多くなる。しかし,覚醒時に運動を行わず横臥した状態では,睡眠時と覚醒時では酸素消費量はほぼ同じで,時にはレミ睡眠時では覚醒時より酸素消費量が多い場合もあるということです。この説明は,仮説から次のように説明される。生物は覚醒時には運動という活動を行い,睡眠時には細胞分裂,ATPの合成という活動を行っているため,ともに異なった細胞活動を行っているので酸素消費量はほぼ同じということになる。ただ,このなかで睡眠中にATPの合成を行っているとしたが,これはあくまでも仮説であり,他の活動,たとえば蓄積した老廃物の除去のような活動も考えられる。ただ,言えることは睡眠中の活動は,細胞自身が生きるために欠かせない活動であることは間違いないと考えられる。
    なお,この仮説は実証可能で,覚醒時と睡眠時のATPの量を測定することによって達成される。それは,仮説にしたがえば覚醒時はATPが少なく,睡眠時には少なくなっていると考えられる。もっと厳密に言えば,TAPの量は睡眠中に増加し,覚醒中に減少するはずなのである。この測定は非常に簡単で,測定可能と考えられるが,測定結果が覚醒時も睡眠時でもATPの量が同じであるということであれば,その他の原因を考える必要があるものと考えている。
    以上のように鳥類と哺乳類で覚醒と睡眠が明確になってきたということは,鳥類と哺乳類の生物生存戦略の結果ではないないだろうか。鳥類と哺乳類は覚醒と睡眠を明確にすることにより,複雑な行動を獲得し,他の生物より有利な生態的地位を獲得することが可能になったのではないだろうか。そして,有利な生態的地位を獲得することによって現在の繁栄を謳歌することが可能になったのではないだろうか。

    4.覚醒時の意識についての一考察

    われわれは覚醒時において明確な意識的生活を行っている。この意識であるが,一般的には脳細胞の活動によって引き起こされると考えられている。養老孟司氏は意識について次のように述べている。

    「唯脳論は,世界を脳の産物だとするものではない。前章で述べたように,意識活動が脳の産物だという,当たり前のことを述べているだけである。」

    以上のように養老氏は意識活動は脳の活動,すなわち脳の神経細胞のニューロンの発火により生じるとしている。しかし、意識活動は脳の神経細胞の活動だけで生じているのであろうか。意識活動が脳の活動で生じているということを疑わせる事例は,睡眠時におけるレミ睡眠の存在である。レミ睡眠は睡眠中にもかかわらず,急速な眼球運動が特徴で,その他の特徴として,レミ睡眠中に起こしてみると夢を見ていることが多いことが挙げられる。そして,レミ睡眠中の脳波は覚醒時と同様なパターンを示し,特に新生児では覚醒時とレミ睡眠中の脳波は区別が困難であるそうである。
    このように覚醒時とレミ睡眠中の脳波の区別が困難であるということは,覚醒時とレミ睡眠中の脳の神経細胞は,同じような神経細胞のニューロンの発火が起こっているということにならないであろうか。いま,覚醒時とレミ睡眠時で同様な脳の神経細胞でのニューロンの発火が引き起こされて,脳波が発生しているとしたら,覚醒時では意識が生じ,レミ睡眠時では夢が生じるということに矛盾が生じるのではないだろうか。覚醒時とレミ睡眠時で同じような脳波が観測されるということは,覚醒時と睡眠時で同じような脳の神経細胞のニューロンの発火が引き起こされ,脳内の神経細胞同士で情報が交換されていることではないだろうか。しかるに,覚醒時とレミ睡眠時で,同じように脳の細胞同士のニューロンの発火による情報交換が行われているにもかかわらず,覚醒時では意識が生じ,レミ睡眠時では夢が生じるというのは何故であろうか。脳の活動のみで意識が生じるという養老氏の仮説であれば,レミ睡眠時でも夢ではなく意識が生じてもおかしくはないのではないだろうか。
    これは一つの仮説であるが,覚醒時の意識とレミ睡眠時の夢を区別するものは,覚醒時には脳の神経細胞同士の情報交換とともに,脳の神経細胞と結びついている,末梢の細胞と情報交換を行うことではないか。それに反し,レミ睡眠時では脳の神経細胞同士は情報を交換しているが,脳の神経細胞と末梢の細胞間の情報交換が遮断されていると考えられるのである。そして,ノンレミ睡眠時は脳の神経細胞同士の情報交換もなされていないのではないだろうか。それゆえ,ノンレミ睡眠時には夢も見ないのではないだろうか。
    仮にこの仮説が正しいとしたら,意識活動が脳の産物であるという養老氏の前提は崩れることになる。そして,意識活動は脳の神経細胞と末梢の細胞が情報を交換するときの産物であるということになる。そもそも,養老氏の言うように意識活動が脳の産物であるという前提として,脳の細胞が特別の細胞で,他の細胞とは異なった存在であるという前提に立ってはいないだろうか。しかし,現実には人の細胞は大元である受精卵という,たった一つの細胞が分裂して出来上がったものであり,脳の細胞もその他の細胞も平等な細胞なのである。すなわち,意識的な活動とは脳細胞だけではなく,全体の細胞の活動がなければならないのである。
    この意識の例えとして,磁石の例があげられるであろう。電磁石は電気を流さない場合,微小磁石がバラバラな方向を向き,全体としての磁力が表れないが,電気を流した場合,微少磁石が同じ方向を向くため,全体として強力な磁力が発生して,磁石となるのである。この磁石の例のように,睡眠時では微小磁石がバラバラの方向を示して磁力が表れないように,各細胞がバラバラな活動を行って,情報も交換されない状態なのではないだろうか。これは粘菌の例で言えば,栄養豊富な中をアメーバー状になって各細胞が栄養を摂取している状態に相当するのではないだろうか。また,覚醒時では微小磁石が同じ方向を向き,全体として強力な磁力が生じるように,各細胞が情報を交換しあって,活動を行っている状態なのではないだろうか。これは,粘菌の例で言えば,一箇所に集まって子実体を形成している状態なのではないだろうか。
    このように生物個体に生じる意識とは,脳の活動の産物ではなく,個体を構成する全細胞が生きるために情報を交換するという,統一的な活動によって生じていると考えられるのである。それでは、生物個体はどのようにして覚醒時の意識と,睡眠時の無意識状態を制御しているのであろうか。一般的に覚醒と睡眠を制御している部位として,前脳基底部と,脳幹であるそうである。そして、そのことが解明されたきっかけは,モルッツイとマゴウンの仕事で,この両者は,脳幹の刺激

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