<あるべき音が無い>

2006/12/20, 23:13 by Gen

 かなり有名なサイトかも知れないが、「ゴーストタウン - チェルノブイリの映像 : エレナのチェルノブイリへのバイク旅」には目を通しておいた方がよいと思う。誰一人として存在しないチェルノブイリ地区へのバイク旅行記だ。20世紀が残した最大の遺産は――そして今後何百年にもわたって世界で最も確実に残存して行くであろう人類の痕跡は――誰も住めないゴーストタウンとしてのチェルノブイリ周辺地区なのだ。建造物は朽ち果てるだろう。宇宙などの新たなフロンティアは征服されるだろう。だが、<人間の不在>という形で打ち立てられた人類の遺産は、少なくとも今後600年、消えることがない。

 1986年にそれは起きた。そして、消滅した。誰も立ち入ることのない、放射能に汚染された、「ゾーン」。「ゾーン」という単語でまず思い浮かぶのが、アンドレイ・タルコフスキーの映画『ストーカー』である。森閑、そして色彩の欠如。旧ソビエト地区が放つ不思議な磁力を巧みにとらえたその映画は、1979年に撮影された。チェルノブイリ原発事故の7年前のことだ。結果的に、この映画はなんと暗示的だったのだろう。上記サイトに描かれている事故後のチェルノブイリ一帯は、タルコフスキーの『ストーカー』の中で描かれた「ゾーン」と奇妙に類似している。上記サイトと合わせてぜひこの映画も観て欲しいなと思う。

 もちろん、上記サイトを読んでもリアルに伝わってこないものがある。それは音の無さ――静寂――である。マンションのベランダに洗濯物が20年以上干されたまま――誰もいない、物音一つない。このことに上記サイトの著者は最も打たれたのではないか、と思う。<音の無さ>。

 自分が<音の無さ>にはじめて打たれたのは富士山に登ったときだった。頂上付近になると、草一つ生えていない、虫もいない。自分の周りには誰もおらず、風も吹いていなかった。ふと立ち止まった。そして、震えた――眼下に広がる景色は圧倒的なのに、音ひとつ聞こえなかったからだ。自分の存在が真空パックされたような気がして、目眩がした。存在の耐えられない軽さ。

 音が無いことに震えたのではない。そこに<あるべき音が無い>ことに打たれたのだ。視覚と聴覚のギャップにひどく狼狽したのだ。そして、チェルノブイリでは、今日も、極限的な形でそのギャップが繰り広げられていることだろう。次にまとまった時間が取れればロシアを旅しようと考えている。

Tags 歴史/宗教 | | 2,885 Views | add to hatena hatena.comment 0 user add to del.icio.us 0 user add to livedoor.clip 0 user |  http://blog.genxx.com/wp-trackback.php?p=163
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