日本とアメリカの違い――景気の実感、社会の構造、そしてグローバル化

2006/12/9, 21:09 by Gen

 「日本は統計的に景気良くなってるはずなんだけど、実感ないのはなぜだろうねぇ」というニュースが紙面を賑わせている。戦後最長の景気拡大、いざなぎ景気を抜いた、と言われてもピンとこないのはなぜだろうと騒がれている。社会学者・宮台真司は彼のpodcastの中でこう述べた。曰く、1.表面的な理由と、2.根深い理由がある。1.表面的な理由とは、経済学的な理由。たとえば現在の「好景気」は企業の設備投資や外需が牽引しているものであって、内需はそれほど伸びていないから。また乗数効果が浸透しきっていないから。わかりやすく言えば、(バブル期のように)日本での消費活動が活発になって景気が伸びているのではなく、アメリカが好景気でモノをたくさん消費してくれるから、あるいは中国人の所得が伸びてきてたくさん消費をしてくれるから、日本企業はばんばん工場を作り(設備投資)、輸出をすることによって稼ぎを増やしている(外需)。しかし、企業の稼ぎが増えたとはいえ、それにつれて労働者のお給料が増えたとはいえず、経済全体が潤っているわけではない(個人消費≒内需が弱い)。だから、「景気が良い」という実感は薄いのだ、ということ。(まぁ、これは宮台の意見と言うよりは、経済アナリストに共通する認識)

 2.根深い理由とは、日本人はもはやお金をたくさん稼いでも幸せを感じることができない、そんな社会に生きているということ。効率の追求と資本の選択(都市への集中と地方の切り捨て)を伴うマーケットの論理(市場主義経済)は必然的に共同体の絆を破壊する。たとえば、お金を稼いでも、そのお金を使って一緒に楽しむ人がいない。帰ってホッと一息つく場所がない。帰属すべき場所がない。でも、市場主義経済がもっとも発達しているアメリカでは、そんなことはない。アメリカではマーケットの論理と、幸福感が共存できている。なぜなら、彼らには家族と神という二つの帰属すべき場所があるから。ところが、日本ではまだ(金銭以外の)確たる帰属すべき場所が見つかっていない。だから宮台真司は主張する。稼ぎが増えたからと言って幸福感が増大するわけじゃないんだよということを社会的なアジェンダ(議題)として明確に認識せよ。そしてどうしたら幸福を感じることができるかという「幸福の知恵」を日本社会はもっと追究せよ、と。

 さて、以上が宮台先生のお話でしたが、コメントしたいことがたくさんありすぎてどうしよう(笑)。以下に自分の見解を書くので、彼の意見を頭に入れた上で読んで下さい。宮台真司の言う1.表面的な理由と2.根深い理由が密接に関連しているという話を書きます。1.と2.の根底にさらに大きな理由<株主資本主義vs社会資本主義>が潜んでいるという話を書きます。

 第1に、なぜアメリカの個人消費は良かったのかという点から。ここ数年、アメリカの個人消費が世界経済を潤してきた、と言われている。たしかにアメリカの企業は儲かっているのだが、でも実は、アメリカの労働者の給料は伸びていない。むしろ給料は微減している。企業収益は伸びているが、それが労働者の所得増加につながっていないという点は日本と同じだ。ところがアメリカでは、日本と異なり、個人消費が伸びた。なぜか。それは、アメリカ人の資産価格が急激に上昇したから(日本のバブル期のように住宅価格が上昇し、上昇した住宅価格を担保に借金をしたり、転売したりして、利益を得たから)。つまりアメリカでは、お給料は伸びなかったが、不動産や株など、資産からの所得(不労所得)が大幅に増加した。ゆえに個人消費が伸びたのだ。

 注意すべきなのは、資産価格が上昇したのはアメリカだけではないということだ。ここ数年、日本でも資産価格が大幅に上昇した。何よりも、株価が上昇した。日経平均は2倍以上に伸びた、ということは誰でも資産を2倍にするチャンスがあったのだ。ところが、日本人はアメリカ人ほどリスク資産に投資しない。株をやるのを嫌がる。たしかにバブルの後遺症が癒えないというのはわかる。だが、後述するように、「お給料は伸びないが、資産価格は上昇する」という流れは構造的なものであり、今後しばらく変化しないだろう。とすれば、投資教育は非常に重要だし、高校生や中学生の段階から投資について教育していく必要があるだろう。

 第2に、なぜ企業収益は伸びても労働者のお給料は増えないのかという点について。さきほどこれは「構造的なもの」だと述べた。では、どのように「構造的」なのか。企業はグローバル化によって世界的なコスト削減競争に晒されている(賃金の安いアジア諸国等の企業と同じ土俵で戦わねばならない)ので、むやみに給料を上げることができないというのが第一点。そして、株主資本主義の流れが非常に強まっているから給料を上げられないというのが第二点。コーポレート・ガバナンスとは(乱暴に言えば)「会社は誰のものなの?従業員のもの?株主のもの?」という問いかけなのだが、「まぁ株主のものでしょ」というのが世界的なコンセンサスになってきた。したがって、企業が収益をたくさん上げた場合に、従業員の給料を上げるよりも株主にたくさん還元しなさい、という圧力が強まってきた。ゆえに従業員の所得は上昇しないのだ。

 第3に、アメリカでは株主資本主義が比較的うまく機能しているが、日本ではそうではないという話について。大まかに言えば、アメリカが株主資本主義国であるのに対して、日本は社会資本主義国だ。というよりも、かつての日本は調和の取れた社会資本主義国であったのだが(たとえば終身雇用)、効率的であるが故に力強いアメリカ型の株主資本主義に影響をモロに受けて、変化を余儀なくされている(たとえば構造改革)。過渡期を経て、日本が完全にアメリカ型の株主資本主義に移行するのか、あるいは別のモデルを創出するのかはわからない。とにかく今現在、問題が噴出しつつある。宮台真司が指摘した2.根深い理由はこのことに関係する一つの問題状況だ。

 株主資本主義では、会社は株主のものである。企業の業績がトップによって決まる。会社はトップダウンの構造を持っている。トップダウンであるがゆえに、そして会社は株主のものであるがゆえに、従業員が持つ会社への帰属意識は比較的薄い。さらにアメリカでは、宮台の言うとおり、家族や神という帰るべき場所がある。他方、社会資本主義国である日本では、会社は株主のものとは限らない。労働者のものであるかもしれない。日本では、大まかに言えば、下の方の人たちの尽力で企業の業績が決まる。会社はボトムアップの構造を持っている。ボトムアップであるがゆえに、そして「会社は自分たちのものだ」という意識があるがゆえに、従業員の会社に対する帰属意識は比較的強い。日本人はいまだに会社を所属すべき共同体として見ている。だからこそ、アメリカ型の株主資本主義が混入してきたとき、宮台の言うとおり、人々は所属すべき場所=幸福感を失った。リストラは労働者のアイデンティティを空洞化した。会社は株主のものだという意識が薄いから、「外資が悪い」なんて話が出てくる。株主である限りにおいて国籍なんて関係ないのに。

 最後に、まとめ。日本では株主資本主義を徹底しきれていない。徹底しきれていないから、二つの問題が生まれる。1つ目は、宮台の言う1.の表面的な理由に関連する。日本人はあまり株をやらないから、企業の収益が上がってもそのメリットを享受できない。お給料の増加を祈るが、お給料は構造的な理由からそれほど上昇しない。だから個人の消費活動が活発にならず、「景気良いね」という実感を味わうことができない。2つ目は、宮台の言う2.の根深い理由に関連する。会社は自分たちのものだと思ってしまうから、株主資本主義を前にして、アイデンティティを喪失してしまう。幸福感を得るよすがを失ってしまう。つまり、無い無い尽くしになってしまう。

 もちろん、だからといって、日本がアメリカ型の株主資本主義国になれば問題が解決すると主張したいわけじゃない。宮台も言うとおり、アメリカには家族と神という帰属すべき場所がある。だが、日本は、会社という帰属場所を失いつつある現在、その代わりになるものをまだ見い出し得ていない。せいぜい言えるのは次のことだ。1.の表面的な理由を解消するためには、投資教育を充実させよ。貯蓄から投資への流れを活性化させよ。そして労働ではなく資産価額の上昇というメリットを国民皆が享受できる社会を創造せよ。2.の根深い理由を解消するためには、宮台の言うとおり、まずそのことを社会問題として皆で認識し議論する土俵を作る必要がある。そして「幸福の知恵」を磨く必要がある。では、この胡散臭い「幸福の知恵」っていったいどんなものになりうるの?どのような形をとりうるの?――――それはあなたへの一生涯かけての宿題です。

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2 Responses

  1. yasuchan Says:

    blog開設おめでとう。早速RSS登録させてもらいました。

    この問題についてもそろそろレスを…。

    いろいろ見聞を広げてみたけど、上の議論は社会学者の間ではけっこう常識的な話みたいだね。不勉強ですまそ。

    一応、俺が考えていたのは、

    アメリカ人のように神や家族といった帰属場所を持っていないからこそ、日本人は今後も会社を帰属場所として選び続けるんじゃないかということ。

    細かい論証はやめとくわ、ってか出来ない(爆)。まあ株主資本主義とかは日本人と会社との関係性を変質させるのは確実だと思うけど、本質的に喪失させてしまうことはないんじゃないか、ということでした。やっぱ愛着をもってコミットしてきたコミュニティって金銭の損得を超えてかけがえのないものだと思うもの。

    も一つだけ。
    >「経営側としては株主なんて配当を与えるだけの目に見えない存在でしかないし」というコメントは言い切り過ぎかと。

    これは小粒の個人株主を想定してのことでした。言葉足らずですまそ。

  2. Gen Says:

    yasuちゃんお久しぶり!どうもコメthx。早く巣鴨で飲みたいねw「ブログ開設おめでとう」ってのも不思議な感じだけどw

    >アメリカ人のように神や家族といった帰属場所を持っていないからこそ、日本人は今後も会社を帰属場所として選び続けるんじゃないかということ。
    >細かい論証はやめとくわ、ってか出来ない(爆)。まあ株主資本主義とかは日本人と会社との関係性を変質させるのは確実だと思うけど、本質的に喪失させてしまうことはないんじゃないか、ということでした。やっぱ愛着をもってコミットしてきたコミュニティって金銭の損得を超えてかけがえのないものだと思うもの。

    それはそうでしょうねぇ。日本人だろうがアメリカ人だろうが、自分の人生の大部分の時間を割いて所属してるコミュニティ(家族や会社)は、間違いなくアイデンティティ的に帰属場所であり続けるでしょう。ただ、微妙なニュアンスの変質は現に起こっているわけで、それはつぶさに見ていくしかないかな、と。

    たとえばグローバル化の恩恵を受ける東証1部上場のさらにエリートリーマンは優雅にボーナス増加を満喫してるが、内需型の中小企業に勤めるリーマンの大多数はひーひー働いても所得がちっとも増えないと嘆く。グローバル化は色んな意味で国際金融市場と結びついているけれども、市場原理主義的なマーケットの影響だって「どこに勤めているか」によって全然異なってくる。エリートリーマンは会社を愛することが幾分かはできる。所得格差が深刻化したときに中小企業に勤めるリーマンはどうだろう。また逆に、本当のエリートリーマンは、会社に執着しなくとも己のスキルでどんどん転職していける。いわば「ポートフォリオ労働者」ってやつです。自分の手持ちのスキルのポートフォリオを抱えながら業界を歩いていく人たち。そうなってきたとき、「帰属」の問題はどうなってくるのだろう。

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