知人の「ニート」を見ていて思ったこと

2006/1/12, 9:00 by Gen

 ニート問題について思うところをいくつか。第1に、大部分のニートはお金を稼がないが、彼らはお金を稼がなくても暮らせるのだから、彼らに金銭的な援助を行っている人がいるということ。たとえば親であったり。ニートが生まれるのは、「今のままでもとりあえず衣食住満たされて生きていける」のが最大の理由だろう(この「援助者」に焦点を当ててニート問題を研究した例は見たことがない。もっと研究がなされるべき)。いわば、ニートを支える経済的状況がニートを生殺しにしている。働きたいという「切実な」動機が形成されない。欠けていない限り、欲求することはできない。欠けていないのに、欲求しろと社会的に要請されることほど、辛いものはない。自分を肯定できる言葉、自信だけが喪失されてゆく。

 第2の点だが、とはいえ、「働かなくても生きていける」人生を謳歌しているニートは少ないだろう。彼らは吉田兼好のように「つれづれなるまま」の人生を肯定できない。「働いたら負けかなと思ってる」とはなかなか言えない。おそらく、「このままでは将来ヤバイし、他人に合わせる顔がない」という自意識があるからだ。将来への不安、他者からのまなざし、これら二つが彼らを締め付ける。親は彼らを食わせているが、生涯にわたって食わせるだけの金はない(将来への不安)。また、「今さら社会に出ても自分たちはうまくやっていけるのだろうか」「他者から評価される現場に出たくない」という自意識が、ニートの足取りを鈍くする(他者からのまなざし/自信の不足)。

 アンケートを取れば半数以上のニートが「働きたい」と答えているという。働けばよいのだ。でも働けない構造がある。(さながらテストを翌日に控えている時の飲み会は楽しくないように)将来への不安があるから、そして他者から白い目で見られている(と意識するから)、自分の人生を肯定できない。自分の人生を肯定できないので、社会に受容されると信じることができない。信じることができないので、社会に出るのが億劫になり、惰性で現状維持が続く。以下、悪循環。

 他者からの評価のまなざしの中に飛び込み、仕事を見つける労力を払うよりも、なんとなく嫌悪感を感じている現状をそのまま生きる方が容易い。親という「援助者」の存在が、物理的にその状況を可能ならしめている。ことさらにニートが問題だと騒がれる現状、そして「働け」という圧力が、自信を喪失させる。自信がないから億劫になり、社会に出て行かない。そうするとニートはますます問題化し、「働け」という圧力も高くなる。悪循環の構造が垣間見える。もちろんこれはあくまでもひとつの例に過ぎないだろうし、新卒以外の就業は労働条件が悪いという社会的現状も冷静に見る必要があるだろう。また、ことさらニートを(社会のねじれが生み出した)被害者扱いする必要もない。被害者扱いされればされるほど、彼らは主体としての自信を喪失するのだ。

Tags 社会(学) | | 2,672 Views | add to hatena hatena.comment 0 user add to del.icio.us 0 user add to livedoor.clip 0 user |  http://blog.genxx.com/wp-trackback.php?p=147
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